2021.09.03

第7回 ヒト化人工VHHライブラリーPharmaLogical®について

EMEは、本年4月1日よりPharmaLogical🄬 LibrarycDNA display技術を組み合わせたVHH抗体スクリーニング・プラットフォーム “The Month”を構築し、ビジネスへの実装を開始しました。50~100個の抗原結合クローンが1ヶ月もあれば単離できる画期的なものです。KD値に追加してTm(変性温度)やTagg(凝集温度)のデータも併せて提供します。多くの製薬企業様からご興味を頂き、幾つものVHH抗体取得に関する共同研究契約の締結に至っています。

 

 

なぜ、ライブラリーなのか?

VHH抗体への期待は従来抗体とは異なる抗原との結合特性にあります。すなわち、従来の抗体医薬が結合できないエピトープを認識できることで、これまでにない薬効発現による新たな創薬の可能性が生まれます。たとえば細胞膜タンパク質の細胞内へのインタナリゼーションやBBBトランスサイトーシスなどエピトープによってその効率が異なることが知られています。創薬に有利なエピトープを同定することは医薬品の差別化に繋がるなど大変に重要です。また、VHH抗体は小さな分子量(従来抗体の1/10程度)を生かして様々な新しいモダリティのデザイン・開発も考えられます。特にこれからの創薬では、同じ抗原上の複数のエピトープに同時に結合して、より強い薬効の発現や特異性の向上を期待するparatopic分子の設計が注目されていますが、VHH抗体は容易に遺伝子工学の手法で複数のVHH抗体を連結できるため簡単にparatopic分子のデザインが行えます。また、熱・構造安定性が高いので細胞内抗体としての活用が大いに期待されています。このようにVHH抗体は次世代創薬・次世代抗体として大変に有望な特性を有しているのです。

これまでVHH抗体の取得は、アルパカやラマなどのラクダ科動物への免疫を経て抹消血リンパ球からVHH遺伝子を取り出す方法で行われてきました。しかし、動物免疫によるVHH抗体の取得は、免疫学に基づく合理的アプローチではあるものの、時間がかかり、必ずしも求める特性を有するVHH抗体が取得できるものではなく、また動物の飼育や多くの抗原量が必要などのコストの問題もあります。また近年では、欧州当局から創薬プロセスでは出来るだけ動物の使用を減らすように勧告も発出される時代となっています。

これまでEMEでは11頭のアルパカよりVHH遺伝子を取り出して作成されたセミ・ナイーブ・ライブラリーを用いて来ました(RePHAGEN(株)よりライセンス提供)。ここで “セミ”とはVHH遺伝子をPCRを活用してシャッフリングし、多様性を大幅に増大させたことを示しています。その結果、このライブラリーは理論上1015近い多様性を有しています。しかし、通常のファージdisplayでは調整可能なファージ・タイター数に限界がある(せいぜい108-9の多様性が限界)ため、せっかくの高いライブラリーの多様性を生かしきれません。そこでin vitro displayの力を借りることになりました。in vitro系では細胞の増殖密度の影響は受けないため、インプットした材料の量に応じて多様性が広がります。cDNA Displayは、in vitro display法では最も安定で、高い多様性を確保できる遺伝子―発現型対応ライブラリーです。つまりVHH抗体ライブラリーの多様性をそのまま cDNA Display Libraryに変換できます。本法はすべてin vitroでの作業であり、その過程に自動化プロセスを導入することが可能で、短期間で多くの候補VHH抗体の取得が可能となっています。さらに、三井情報(株)との共同研究によって開発してきたVHH解析ソフトによって、スクリーニングの精度と効率が飛躍的にアップしました。

 

 

なぜ人工ライブラリーなのか?

我々は様々な抗原に対するVHH抗体をアルパカ由来のセミ・ナイーブ・ライブラリーより単離して来ました。しかし、高親和性のクローンが良く取れるケースとそうではないケースがあることが判ってきました。アルパカ由来の抗体レパトアには偏りがあるのは仕方ないことです。また、構造・物性面から創薬開発には不向きなVHH抗体もあります。そこで構造解析に基づき論理的に設計したライブラリーを構築することと致しました。どうせ設計するなら創薬に向けたライブラリーを創ろうと思い、ヒト化を施し、構造的に不都合なアミノ酸残基の出現頻度を可能な限り減らしたVHH抗体ライブラリーを構築し、PharmaLogical®と命名しました。創薬は総合科学によって成されますので、biological, pharmacological, technological, など様々の薬作りのLogicalを総称してPharmaLogicalとしたわけです。

しかし、ライブラリー設計に至った真の理由は他にあります。“Artificial”という言葉は、天然に対比して何か異質なものを提供するようなイメージがあります。そこで人工デザイン(Artificial)VHH抗体の設計について考えたことは、アルパカが天然に作り出してるVHH抗体の構造(パラトープ)の特性をライブラリーに反映する事、つまりはライブラリー中に再構成することです。VHH抗体の従来の抗体が結合しないエピトープへの結合性がVHH抗体創薬の大きな魅力の一つです。この特性を有していないとVHH抗体創薬を進める価値は著しく低下するわけです。そこでVHH抗体のパラトープ形成に関する構造的な仕組みを探求することから研究を始めました。

 

 

アルパカVHH抗体(パラトープ)の構造の特徴

タンパク構造データベース(PBD)にはVHH抗体と抗原複合体の結晶のX線構造解析データが登録されています。まずは、直接抗原と結合している状態のデータをしっかり解析することと致しました。そして以下のことが判りました。まず、抗原との結合は一般の抗体と同様にCDR3が中心となりますが、そのループ構造は3つのパターンに分類できることが判り、Upright、Half-Roll, Rollと命名しました。Uprightは名前の通りループが立ち上がった構造を取ります。つまり、VHH抗体の特徴的なエピトープである標的分子の割目(裂け目)や窪み部分を好んで結合すると予想できます。Rollタイプは、ループが途中で折れ曲がりねじれた構造を形成しますので、Upright型に比べてより広い面で抗原と相互作用することが出来ます。このUprightとRollの中間の構造をとるのがHalf-Roll型になります。これら3種類でVHH抗体の約9割を分類することが出来ます。また、これらの構造はCDR3の長さに依存することも明らかになりました。CDR3が短いほどUpright型を形成しやすく、一方、長くなるほどRoll型を形成する傾向が高まります。

また、CDR2長は16アミノ酸残基と17アミノ酸残基の2種類があり、それぞれUprightかあるいはRoll型の構造を取る傾向があります。つまり、CDR間の連携でパラトープが形成される典型的な法則を見出しました。そして、Upright型では、FR2のアミノ酸残基が顕著にパラトープの形成に寄与していることも判明しました。通常の抗体ではこのFR2領域はL鎖との複合体形成をする部位なので抗体分子の内部に埋もれていますが、VHH抗体ではこの部分が露出しており、こうしたパラトープ形成に関与する特徴を持つようになりました。こうしたVHH抗体のパラトープ形成に関わる特徴をライブラリーに反映するためには、それぞれの構造特性ごとにサブライブラリーを作成して、検証しながら進めることが重要です。なお、残りの一割にあたるVHH抗体ついては、例えばCDR中のCys残基によってC-C結合が形成されるなど構造的にはundruggableと分類できるものです。従って創薬を目指したPharmaLoical®には敢えて含める必要はないと判断しています。

 

 

ライブブラリー設計

まずライブラリー設計では不必要な多様性の発生を抑えるために、フレームワーク領域(FR)については可能な限りアミノ酸配列を固定した“Universal FRs”の考え方を導入しました。すなわち安定なFRsのアミノ酸配列を基本にヒト化した配列をデザインしました。実際にはヒト抗体DP-47の配列、さらにヒト化抗体として上市されている抗体のFR配列、および抗体カノニカル残基など、様々な情報を加味して最終の配列を決定しました。

 PharmaLogical® Libraryは二つのパーツ(Trawl A とTrawl B)に分割して構築しました。Trawl Aは、全体の約7割近くをカバーできるUpright型とRoll型のサブライブラリーをそれぞれ2種類(合計4種類)設計しました。CDR1とCDR2はアルパカのgermline配列とセミ・ナイーブ・ライブラリーの利用でこれまでに蓄積された膨大な配列情報に基づいて設計しました。残りの2割をカバーするHalf-Roll型についてはTrawl Bのサブライブラリーとしてデザインし構築しました。こうしてTrawl AおよびTrawl Bが完成し、VHHの約9割を再構成するPharmaLogical® Libraryが得られました。

 

 

PharmaLogical ® Libraryの評価

こうして作成されたライブラリーが目的通りに機能するか、実際にVHH抗体スクリーニングを実施して評価しました。専門性の高い内容となりますので、詳細については今後発表する科学論文や12月に米国San Diegoで開催される国際抗体医薬学会での発表を参照していただきたく、ここでは概要に留めます。あるいは、個別にお問い合わせをいただければ詳細をご説明する機会を設定させて頂きます。

Validationに用いた抗原は、乳がん抗原Her2,肝臓がん抗原グリピカン(GPC-3)、膵臓がん抗原GPC-1、そして血清アルブミンHSAの4種類を用いました。PharmaLogical® のTrawl AとTrawl Bを別々にEMEのVHHスクリーニング・プラットフォーム “The Month”で展開した結果、どの抗原に対してもおおよそ100個近い結合クローンが取得されました。KD値(pM~数十nMの範囲)の多様なクローンが取得でき、他に熱安定性Tm値やTagg値もほぼ2ヵ月以内に取得できました。その後、Her2については生物活性としてシグナル伝達阻害活性を示すクローンも同定されました。こうして、PharmaLogical® LibraryはVHH抗体取得ツールとして機能することが確認できました。

 

 

構造再現性の確認

VHH抗体ライブラリーの構築を企画した最大の理由は、冒頭に述べましたように、アルパカVHHのパラトープの形成能をライブラリーに再現することでした。そこで上記のスクリーニングで得られた個々のVHH抗体のパラトープの構造が、それぞれが由来するライブラリーのデザインコンセプトに一致しているかを解析しました。埼玉大の分子シミュレーションの専門家である松永教授にご協力をお願いして個々のVHHのCDR3構造をコンピューターにより予測しました。その結果、PharmLogical®のコンセプト通りに目的のCDR3構造を有するVHH抗体が取得されていることが確認されました。つまり、我々の構築したPharamaLogical® Libraryは、アルパカVHH抗体のパラトープ構造を再現できていることが判ったわけです。

 PharamLogical®Libraryは、特に創薬を目指したVHH抗体の取得に大変に有用と考えられます。本コラムを読まれてご興味を持たれましたら、是非、EMEホームページに掲載されています弊社連絡先にご連絡を頂きたく思います。速やかに詳細なご説明の機会を設定させて頂きたいと思います。

 

御高配のほどよろしくお願い致します。

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